梶の葉紋の館

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あかん…;;
バイトが忙しぃて更新むりぽなんで、無期限凍結にします。





…………いや、作ればあるんだけどね!でも、ゲームやったりニコ動観てたりしてるとね!もう寝る時間?!みたいな。。。むかしの厨2病キテた頃の情熱もないしなァ…
でも、サンホラ愛は不滅!!!!!

彼女が魔女になった理由1

12月に第七の地平線が出て覆される前に妄想を形にしておこうかな、と。

歌詞にいく前に、久々なので(自分でも自分の妄想を)整理しながら語ります。

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テーマ : Sound Horizon
ジャンル : 音楽

光と闇の童話2

ブックレット見てたら気付いたものがあったり、PV見返してたら気付いたものがあったりー…ってコトで、1の記事の修正です。ひょんな拍子にコロコロ変わっていく・・・解釈ってそんなモノだよネ。


見下ろせば昏い大地 揺らめく紅い焔尾 母の瞳に抱かれながら 奈落の底へ堕ちる……
…この部分。(落ちてるメルが)見下ろせば。って思ってたんだけど、(テレーゼが)見下ろせば。だねぇ><;PVも覗き込んでたし!

花に水を遣るように 儘 罪には罰が要る 嗚呼 やがて《迎宵》 疾しる《第七の物語》
…この部分。「罪」と「罰」はメルに課せられたものなのだと今まで解釈していたけど、『この狭い鳥籠の中で』の「やがて疾りだす→夜の復讐劇→【第七の地平線】→物語は続く……」じゃないけど、「やがて」と「疾しる」があるから第七の地平線でなんらかの「罪」に対して「罰」がくだるって意味なのかなぁー、と。それが復讐とか。あと、『光と闇の童話』の初回版歌詞カードには、メルメルとエリーゼの下に「→十→十→十→十→十→十→十→」(七個の十字架)があったんですね・・・。…ということは、七つの大罪に対して「罰」という名の復讐劇が起きるのじゃないかと・・・。や、全然違う可能性の方が高いんですけどね;;;

○メルヒェンの正体
…ふと。クロニカ様が《黒の予言書》の化身であるように、メルメルも「光と闇の童話」の本の化身じゃないかなー?って。・・・これなら、メルを第三者扱いで「彼」っていうのにも納得がいきますし。PVでも井戸に落ちてたのは本のはずなのに底から登場するのはメルメルですしね!

光と闇の童話

ラフレンツェが捨てられていたのって、テューリンゲンの森なのではないかと妄想せざるをえない…。鬱蒼と茂る森だし、魔女だし、塔だし。――としたら、ラフは奈落へと至る井戸の番人??いや、イドは既になくて、ラフの胎内と繋がってるんだったっけ…。。。

まあ、保留。

この曲で特徴的なのは、歌詞が巻き戻ってるってことでしょう。
正規の時間軸では、こちら↓↓。
(落ちる瞬間)
見渡せば――
  ↓
(落ちていく最中)
見下ろせば昏い大地 揺らめく紅い焔尾 母の瞳に抱かれながら 奈落の底へ堕ちる……
  ↓
(落ちた後)
見上げれば丸い夜空 揺らめく蒼い月夜 神の名を呪いながら 奈落の底で唄う……


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イドイド1

かなーりッ久しぶりなんで、昔の文体忘れてますがスルーでいきましょう。ってコトで、イドイドから〜。言わずもがな。なんですが、きじろの解釈はマイナー中のマイナーなんであんまり参考になりません。多数派からは一笑される程度のレベルですから、信じちゃいけませんよ^w^


◎◎総合考察◎◎
イドイドの特徴は、
メルメル(※陛下に似て非なる人)が繰り返し「drei(=3)...zwei(=2)...eins(=1)...」ってやっているように、3→2→1の曲順(とはいっても、イベリアのように時系列がバラバラのエピソードが各所に点在してるから一概に“そう”とは言えないんだけれど…)などの巻き戻しの手法です。「光と闇の童話」の歌詞とかね。わかりやすいです。
そして、「死者は生きかえる」ってこと。むしろ、「《イド》が命を与える」っていう方が正確かもしれない。…死人がホイホイ甦るから「喜劇」なのかなー?・・・ちなみに、「喜」の草書体は「七」です。第七の地平線。
あ。
あと、童話と絵本繋がりなのかなんなのか第四の地平線『Elysion』とのリンクも多いので、そのことも時々話題にあげていきたいと思います。

◎◎前知識◎◎
【いど】
・=イド(id)。
フロイトによると人間の精神構造は「イド、自我、超自我」から成り、その中でイド(エス)とは、人の精神エネルギーの源泉に当たる本能を指します。
以下、引用

『エス(イド)』とは、激しく渦巻く心のエネルギーの原子炉のような領域で、全面的に無意識領域に属します。ありとあらゆる種類の『〜したい』『〜が欲しい』という本能的な欲望、生理的な衝動が湧き上がっている部分で、快楽を求め、不快を避けるという快感原則に従う動物的な生きる力の源泉そのものとも言えます。人間は心に欲求や衝動を感じると筋肉が緊張し、神経が興奮して、その欲求が満たされるまで苦痛や不快感を感じます。その欲求や衝動を即時的に満たして、不快や苦痛を避けて、快感や満足を得ようとするエスの力動傾向を快楽原則といいます。
エスの特徴として、善悪判断がない事と時間感覚や論理性がない事が挙げられます。エスを科学的に考えれば、生存する為に必要な生物学的本能とも言え、その基本的な機能はDNAによって祖先から子孫へと継承されているものです。具体的には、『腹が空いたから何か食べたい』という食欲、『気に入った好きな異性と性的関係を持ちたい(人間は、性愛に付随する恋愛観念を持ちますが、生物学的には子孫存続という生殖を目的とする動物的本能)』という性欲、『疲れたから休みたい、眠りたい』という睡眠欲といった三大基本欲求がエスの基盤としてあります。更には、『自分の楽しみを妨げる者や自分を不快にする者を攻撃したい』という攻撃欲求や『お金が欲しい。新しい商品が欲しい。』といった文明圏における金銭欲や物欲も極めてエスに近い欲望と言えるでしょう。
こう書くと、エスは人間が普段あからさまに出す事が低俗で浅ましいと思っている欲望ばかりの感じがしますが、『〜したい』『〜が欲しい』という本能的な欲望や衝動は人間が生きていく為に絶対に必要なものであり、文化的な生活を送る現代人も労働の対価として報酬を得たり、きちんとお金を払って、欲しい商品を手に入れたり、恋愛・結婚関係を結んでから性的行為をしたりと、社会的に認知された正当とされる手段を用いて、若干の回り道をしながらも、最終的には『〜したい』『〜が欲しい』『〜になりたい』といった本能的欲望を充足させる事を目的にしているのですから、エスは人間のあらゆる活動や意欲の原資となるエネルギーの貯蔵庫なのです。
ここまで、エスの定義を見てきて、皆さんはふと思い当たった事がありませんか。そうです、エスは赤ちゃんや小さな幼児の行動原理でもあるのです。そして、精神的・身体的に未熟な赤ちゃんや小さな幼児だけが、我がままで自己中心的なエスの欲望を周囲の親や大人たちの世話や配慮によって比較的よく満たす事が出来るのです。
また、キレやすい少年(大人)たちや他者に迷惑や被害を与えて何の反省もない人、犯罪行為を行って金銭を得て罪悪感のない人、邪魔な人間を殺して問題解決を図る人たちも、ある意味でエスの行動原理である快楽原則に従っているのですが、赤ちゃんや幼稚園生くらいの幼児なら大目に見られる事でも、大人や青年・少年たちの我がままや周囲に迷惑や被害を及ぼす自己中心的な行動、快楽獲得の為の凶悪犯罪等は当然に許される訳はなく、文化的な社会生活を営めるように自我や超自我の機能を高めて、精神的に成熟していかなければならないでしょう。
上記の様に、人間はいつも自らの本能的欲求を即座に満たせる訳ではなく、多くの場合には、その場で生じた欲求や衝動を我慢して諦めるか、その欲求を実現する為の手順や方法を考えて、ある程度の時間をかけて欲求充足を果たしていきます。余談ですが、エス(es)とはドイツ語で『それ』という意味であり、その語源は『神の死』を『ツァラトゥストラはかく語りき』で宣告した哲学者ニーチェの用語だとされています。ニーチェは、エスを人間を人間たらしめている基盤というような内面的本質として用いたようです。彼は精神性よりも身体性をより本質的なものとして重視していたので、フロイトの言う身体的な快を求める本能のエスとも確かに一脈通じるものがあります。


・=井戸。地下を深く掘り、地下水を貯え、その水を汲み上げるようにしたもの。
以下、引用

【井戸の語源・由来】
井戸の「井」は「いる(居る)」の「い」と同じく「一箇所に止まる」「溜まる」「集まる」を意味し、「戸」は「処」の意味。 古くは、地下水を掘って水を汲み上げるようにしたものだけではなく、川や泉から水を取る場所も「井戸(井)」といった。



―――「イド」が何か?って問われても全く答えられないんですけれど、“本能の衝動”と“水”。これがキーワードかな?って個人的に思ってます。

【聖エリザベート】
この人がモデルなんじゃないかなーとにらんでます。ウィキ先生の内容をかいつまんで、箇条書きにすると、
・エリーザベト・フォン・テューリンゲン(Elisabeth von Thüringen)とも呼ばれる。父はハンガリー国王アンドレアス2世。
・4歳の時にテューリンゲンのヴァルトブルク城に移り住む。最初の婚約者(ルードヴィング家の長男、ヘルマン)は1216年に死亡。次男のルートヴィヒ4世と1221年に正式に結婚(当時14歳)。
以下、引用

1211年、4歳の時にテューリンゲン方伯でルートヴィング家のルートヴィヒと婚約し、テューリンゲンに連れて来られた。当初の婚約者に目されていたヘルマンが夭折したため、その弟のルートヴィヒが婚約者となったのである。いうまでもなくルートヴィング家とヴェッティン家との対立といった神聖ローマ帝国内部の政情をにらんでのもので、王女であり東ローマ帝国皇帝とも親戚に当たるエルジェーベトは貴重な政略結婚の具といえた。


・貧しい病人のために施療院や養護施設をつくり、貧しい人々に食べ物や着るものを与えるなどの慈善活動を進んで行った。後にこの活動が評価されて列聖。
・1227年、夫であるルードヴィッヒが十字軍遠征の途中、病死する。翌年、ルードヴィッヒに代わり実権を握った義弟のハインリッヒ・ラスペに疎まれ、ヴァルトブルクを追放。マールブルク城に未亡人城主として移住する。
・1231年、24歳の若さで死亡。

これがモデルで合ってるとすると、ヘルマン=メルかな?と思います。んで、アンネリーゼの息子に嫁ぐ…とか?でも、そしたらアンネリーゼの息子は死んでないってことになるし…。。。わからん、ギブ。>< これは横に置いておいて、とりあえず今の解釈を語ることにします;;;


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